8月6日について考える

「打った瞬間にそれと分かる」当たりを一度かっ飛ばしてみたいです。どんな気分なんでしょうかね。

ところで、今日は8月6日です。
このブログは基本的に真面目な話はタブーで、おバカなことしか書きません。ただし、この日ばかりは真面目にならざるを得ません。

1945年の8月6日は地獄の一日だったでしょう。もとい、地獄の始まりの日だったのだと思います。自分ごとに置き換えて考えようとしてもあまりに想像を絶する世界で、考えることが出来ません。

ところで、2年前のこの時期にも書きましたが、毎年この時期になると、たいていこのような不毛な議論が出てきます。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090805-00000021-jij-int
広島と長崎の原爆が正当かどうかを問うアメリカの世論調査。全くもって不毛。この結果からいったい何が前に進むのでしょうか。アメリはえらいってことでしょうかね。

過去に落とした・落とされた原爆が正しいかどうかよりも、「原爆そのもの」がどういう被害をもたらすかを知っているか、そしてどう思っているのか。調査すべきはそこにあるべきだとおもいます。テレビで被爆者の方が淡々と被爆体験を話しているのを見ると、私の記憶が定かであれば、アメリカに対して「謝れ」と訴える人はほとんど見かけません。ただ、「もう繰り返すな」と言っているわけです。心の奥底に「謝れ」という気持ちがあるかどうか、それは分かりませんが、仮にあるにしても、多分奥にしまって「もう繰り返すな」といっているのだと思います。この時点で、日本人とアメリカ人の主張は相容れないのです。

要するに、おいアメリカ人!まず「はだしのゲン」を読め。ということです。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090804-00000019-fsi-bus_all

景気の回復も大事ですが、おなかいっぱい食べることが出来ていることに感謝し、なにより平和であることを祈る8月6日なのでした。





でも、、だれかおこづかいください。