全員野球おつかれ

なに?全員野球とも言ったらしいですな。ノーサイドの後に全員野球。いよいよ何のスポーツなんだか分からなくなってきました。いやいや、スポーツじゃなくて政治ですから。。ま、とにかく日本をどげんかして頂きたいと思います。ひとり相撲にならないことを祈って。

ノーサイドおつかれ

政治の人たちは「ノーサイド」を都合良く易々と使用しないでください。茶番の代名詞のようになってしまいそうで、言葉の価値が下がります。こういうときだけしか聞きませんし。どうせならOne For All, All for One の精神も見せてもらいたいですな。オフサイドにならないことを祈って。

番組差し替えじゃぁ

大物司会者さまが引退だそうな。終わりであり、そして何かの始まり。いろんな意味で。

テレビ局側も困惑だそうで、
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110824-00000016-jij-soci

この際だから、しばらく古き良き音楽番組の再放送でもすれば?って思うわけです。ま、いろんなしがらみで簡単にはできないのかもしれませんがね。。

いざ香港

今年の夏旅行は香港です。
それはすでに2月に決まっていました。なぜなら、この時期に飛行機を予約しておくと、とても安いから。それは私たちにとって不確実な将来に向けての賭けでもありました。予約をした後に、わたしの3月香港出張が決まったことにより、出張は8月旅行に向けた実踏(←教職用語?)という裏のミッションも課されたわけです。
震災を経て不確実な要素が増したり、前日に長男くんに水疱瘡と思しき兆候が現れたり、ハラハラしたわけですが、何とか行くことができました。

1日目(出発→到着)

離陸は19時前。到着は深夜です。

行きの機内食は息子くんたちのお口にあったようです。オンデマンドも充実していて、それほど退屈はしなかったようです。

二日目

午前中はホテルのある沙田(ShaTin)付近ですごしました。ふらっと散歩した後にホテルのプールでひと泳ぎ。長男くんはこのプールが楽しかったようですが、ここで完結してしまっては香港に来た意味がありません。
その後、香港島に向けて出発しましたが、プールで体力を使い果たした息子どもは移動中のMTR内で撃沈。香港島で食事をしようと思っていましたが、休ませる(寝かせる)目的も含めてここで昼食

↑間に合わせで入ったSOGOのフードコートのニンジンがやたら多いチャーハン。ここで長男くんは小龍包の味にめざめたようです。
二人とも目が覚めたところで、スターフェリーに乗って香港島へ向かいました。

山頂からの眺めを見るべく、ピークトラムに乗るつもりでいましたが、山頂直通のバス発見。すかさず乗り込みました。結果的にはこれは正解で、日曜日のこの日のピークトラムは混んでいたようです。山頂の帰りのトラムは行列ができていました。

夜景もいいですが昼間の景色も絶景です。当面日本の建物の展望台レベルでは退屈でしかたが無いと思います。


次男くんは楽しそうにしていますが、べつにこの景色も豚に真珠。「ほてるのおうちにかえりたい。。」とかこぼしていました。

下山もバスを使いました。香港のバスはアグレッシブです。カーブもかなり切れ味鋭くハンドル切ります。バスの中でウトウトしていたせいもありますが、カーブのたびにシートから振り落とされそうになりました。
ところで、この地域にはセルフサービスの店でも食べた物を下げるという習慣がないようです。マクドナルドでも食べた物はとっちらかったままです。一体どの席が空席なのかもわかりません。現地の人も前の人が食べた残骸が置いてあるとこに座って、そのまま自分のものを食べ始めるということを自然にやっています。これはちょっとしたカルチャーショックでした。

3日目

この日はディズニーランドです。前評判はいろいろ聞いていましたが、百聞は一見に如かず。行くことにしました。結果から言うと、比較することによって東京の徹底ぶりを改めて実感しました。通路にごみや落ち葉も少なくなく、植木も微妙に手入れが行き届いておらず、キャストの皆さんの応対にもバラツキがあり、困ってそうな顔していたら声をかけてくれたり、ステッカーを息子くんたちにくれたりする人から、風呂屋の番台のおばちゃん状態で、仏頂面で客を手の甲でさばいている人まで様々いるあたり、逆に見ていてオモシロい感じでした。

↑イッツアスモールワールド。

↑さすが香港。食事は東京の数十倍うまいです。

↑あれ?お城ちっちゃくね?聞いたところによると、シンデレラ城ではないようです。

長くても60分以下の行列でアトラクションに乗れるのは魅力的です。前評判ではもっとすいているとのウワサでしたが、この地域の人口密度を考えると、こんなもんなのかもしれません。ただし、割り込みが多いのも気になります。この割り込んでくる人たちが現地の人なのか、よその地域から来た人なのかはわかりませんが、普通に並んでいても後ろのほうからプレッシャーを感じるあたりは、東京と違うところでしょうか。

4日目(帰国)

早朝のフライトなので、4時起きで出発いたしました。
お土産を買う店もそう早くは開いていないので、ロクに買い物できずに飛行機に乗り込んだ感じでした。

機内は行きも帰りも寒く、帰りの次男くんはこんな感じでした。まさにたらこキューピー状態。このあと彼は機内食がでる前から成田到着まで爆睡していました。

総評

無事に行って帰ってこれたことに感謝。香港はバイタリティーのある国です。週末のショッピングセンターを初めて見ることになりましたが、人の多さ、そして貴金属店に群がる人だかり。これらを見るとなんだか日本にはないものがあると感じるわけです。ご飯はどれも美味でした。買い物はしませんでしたが、うまい食事ができたことが何より満足です。慣れたころに帰るのが旅行の残念なところ。まだまだ見れていないところがたくさんあります。そんな気がします。数回迷子になりかけた時に見せた長男くんの必死の形相が脳裏に焼き付いて笑いが止まりません。あと、現地では次男くんが老若女子に人気でしたなぁ。

なつといえば

またまたサボってしまいました。
最近某SNSにも少々手を出しておりまして。。このブログとの連携もできるようですが、また後にします。

そんなこんなをしているうちにすっかり夏。いろいろありました。

で、そんな夏ですが、必ず言っているのがウルトラマンフェスティバル。かれこれ4〜5回目にもなると慣れたもんです。

ところで関係ない話ですが、「チケット絶賛発売中」ってあるけど、あれ何が絶賛されてるんですかね?チケットのデザイン?

話を元に戻してウルフェス。ウルフェスの魅力の8割は「ショー」なんです。ショー見ずしてウルフェスを後にするというのは、牛丼屋で「並み、肉なし、つゆだく」とか注文するようなもんです。はい、例えがかなり悪いでした。

ショーの流れは概ね、「おねえさんによるイントロ」→「トラブル発生」→「ウルトラマン登場」→「ウルトラマンピンチ」→「がんばれー!!!」→「ウルトラマン復帰」→「助っ人現る」→「またまたピンチ」→「がんばれー!!!パート2」→「怪獣退治」→「ハッピーエンド」という流れです。

いろんなストーリーがこの流れに沿って展開されます。「がんばれー!!!」の場面では子供たちの出番です。待っていましたと言わんばかりに子供たちは大声を張り上げます。それに反応して力を取り戻すウルトラマンたち。お決まりのパターンですが、これもまた文化。いわば子供版の時代劇。完全にアリです。ショーのクオリティはなかなかのものです。

サンシャインは水族館がリニューアルしたらしく、あちらも混んでいたようです。それに対するコメント、特になし。

ではでは

ごぶさたさま

忙しさにかまけて、2か月以上もサボっておりました。
最近多忙からか、ボスから有給指令が出ましたので、お休みいただきました。何をしたわけではありませんでしたが、休めたと思います。

というわけで近況でも。

授業参観

先週、長男くんの授業参観というやつに行ってきました。なんとも、親の立場で授業参観に行くことになるとは、10年前は想像できませんでした。息子の授業態度はロクなもんではありませんでしたが、当時の自分より3.14倍くらいマシかなと思われます。なんて考えながら、二十余年まえに思いを巡らせるわけです。
時は昭和の授業参観、あまりテンションは上がりませんでした。べつに親が見に来たところで、張りきろうなどとは思わないわけで、悪い意味でいつも通りの姿に親は腹を立てたようです。こっちはそんなことより「あ、センセイ今日はあんまり怒らないなぁ」なんて斜に構えた感じで観察しているわけです。あと、タバコの煙でこってりしている準備室に引き込待ったまま、静かにならないと授業を始めない理科の先生が、その日だけさっそく授業を始めたりするに違和感を覚えたりしたわけです。

iphoneこわれた

先週末iphoneイカれました。ディスプレイが真っ黒になりました。バックライトはついていますが、黒を基調にに赤・緑(いわゆる三原色?)の線が出て、何にも見えなくなりました。フル液晶の何点ですな。こうなると何もできません。中身のハードとタッチパネルは生きているので、見込みで電話をとることだけはできます。スマートフォンは一気に受け専用のローテク電話に降格しました。たった半年でこの体たらく。こまったものです。iphoneは壊れると難儀です。APPLEに連絡しないといけないし、ソフトバンクに代替機種の手続きしないといけないし、二度手間です。他にも色々と言いたいことはありますが、ネット上なのでこの辺までにしておきます。ま、すぐに交換品も届いたし、何とかバックアップからの復元もできたし、保証期間内だったのでよかったです。

無期限について考える

あれから一か月が経ったのに、余震は納まる予感がしませんね。気をつけていきましょう。
今日降った雨もブラックレインでないことを祈ります。

さて、そんな中、あの海老蔵センセイが復帰を発表しましたそうな
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110410-00000301-oric-ent

「どさくさ紛れ」などと非難する人もいるようです。あと、水買い占めたって、ほんとうの話なんですかね?

ここでひっかかるのが「無期限」のもつ意味合い。

辞書的には「期限のないこと、期限を決めないこと」となるようです。なるほど、後者に照らせばつじつまがあいそうですね。期限を決めないのですから、極端な話、次の日に復帰してもいいわけです。

社会へ復帰する確率をほぼ断たれたイメージのある無期懲役から類推すれば、「無期限」そう簡単に復帰が許される物でもありません。多くの人の持つ無期限のイメージはこのあたりにあるのではないかと思います。

では実際「無期限」を使った人がどのくらいで帰ってきたかというと、1年以内が多いようですね。ま、人のうわさも何とやらとなり始める数か月たったころ、意味もなく「そろそろ・・・」みたいになってくるのでしょうか。無期限という言葉の重みはこんなことを重ねるたびにどんどん薄まっていってしまうわけです。なんでもかんでも「カリスマ」ってつけていた一時期のように、「無期限」が氾濫することになるでしょう。

「わたし、明日から無期限の休暇にはいります」


「おはようございます。無期限の休暇が明けました」

おいおい、単なる有給ぢゃねぇか。

「わたし、これから無期限の自宅待機いたします」

「おはようございます。無期限が解除になりました」

おいおい、単なる帰宅ぢゃねぇか。


というわけでみなさんもポップな無期限を満喫してみませんか。

というより、無期限なんかより、期限は定めるためにあると肝に銘じたいと思います。期限が定まることによりモチベーションが高まるそうです。たとえば「海老蔵3年間の活動休止」と聞いたら、何かただならぬ雰囲気を感じますし、2年くらいたったら、待望論も出てくるかもしれません。またはすっかり忘れ去られるかもしれません。真価の問われる3年間です。3年間のうちに何ができるか。復帰に向けたアクションプランも立てることになるでしょう。「復帰すべき理想の姿に近づいていません」なんて理由で1年間復帰を延期した日には、「そこまでせんでいいぞ」という世論になるか「あれ?引きこもりになっちゃった?」、はたまた「だれだったっけ?」なんていわれてしまうかもしれません。いよいよ真価が問われます。いばらの道です。でもそういう道を選べる人を尊敬します。

あんまりオチはありませんでしたが、無駄に長くなりました。ねます。